どんな人も愛を探さなくていい

心屋さんのブログに愛について書いてありました。
心屋さんのブログ はこちら
愛は当たり前だと。
本当にそうだと思います。

フラクタル心理学を習う前の私の「愛」の定義は
「私の言うことを聞いてくれること」でした。
子供の言う「話を聞いてくれる」と同じ意味ですね。
「うちの親は話を聞いてくれなかった」ということを
鵜呑みにしてはいけないですよね。
(お子さんがいらっしゃる方は共感出来るでしょう)
習ってからは定義を書き換えました。
子供の未熟な思考から親を恨み、親を呪い、
その呪いが自分にふりかかってきました。

今その呪いが解かれて、見えたものは愛です。
親には愛しかないのです。

そんなことないと思った方はぜひ入門講座へお越しください。
詳細はこちらまで。

子供が小さい頃、毎晩蝋燭の明かりを灯し
唱えた詩を皆さんに紹介します。
その光が私を照らし続けてくれています。
未来の私からのプレゼントです。
小さいお子さんがいらっしゃる方は是非やってみて下さい。


私の頭も私の足も、神様の姿です。 

私の心にも両手にも、神様の働きを感じます。 

私が口を開いて話すとき、 

私は神様の意志に従います。 

どんなものの中にも、 

お母様や、お父様、すべての愛する人々の中にも、 

動物や草花、木や石の中にも、神様の姿が見えます。 

だから、こわいものは何もありません。 

私のまわりには、愛だけがあるのです。  (R.steiner 高橋巌訳)





コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です